合宿に行ってみた!in飛騨高山 2015 ② |
バガヴァッド・ギーターの一節
13章33節
空間は精妙な質を持つために、至るところに偏在していても、何物とも
混交しない。同様にブラフマンの視野を持つ魂は、肉体の中にあっても、
肉体と混交しない。
サッチャ・デーヴァさんは、こうも続けられた。
心というのは感覚の一つであり、その感覚をコントロールするためには、
まず、その湧き起った感情を見る事だと。そしてその感情を
観察し、観察している自分に気づく。それが本来の意識であると。
心は自分ではない。喜怒哀楽は自分の思考によって作り出される。
惑わされず、今、この瞬間に身を委ねよ、と。そうすることで
感情の渦に呑まれることなく、人生という大海を穏やかに泳いで
いけるのだと。
言うは易く、行うは難しだと、正直思った。だが、やってやれないことも
ないような気が、今はしている。荒波はまだ泳ぎ切る自信は
ないが、少々の小波なら大丈夫かもしれない。そう安心できるのは
周りに同じようにクリシュナへの道を進もうとする仲間や、先達の
方々の存在があるからに他ならない。
朝からディープなレクチャーを聴いた後は、皆で朝食の時間。
夕べは本当に食べ過ぎたので、控えめにしようと決意を固めていたにも
関わらず、また隙を突かれておかわりが。
はち切れんばかりの胃袋を抱えて、いざ皆でハイキングと温泉日帰り旅行。
だが、途中の道の駅に着くころには雨が降り、ハイキングは自動的に中止。
満腹だったが、お店でジェラートを見つけると、別腹が反応し買ってしまった。
その光景を合宿の料理長インド人スダマさんに目撃されてしまい、
二人で笑いあった。
前日が、クリシュナの化身の一人、ナラシンハ神の降誕日ということで
儀式をしていた。その儀式で使った、半人半獅子の神像を、高山寺院の寺院長と
懇意にしている温泉施設に設置させて頂いた。
温泉施設は、天然炭酸泉という鉱泉浴場。御嶽山が近く、
「分け入っても 分け入っても 青い山」 という種田山頭火の詩を彷彿と
させる山並みが見渡せる眺望だった。
しとしとと雨が降る中、バジャン(讃美歌)を歌いながら、ナラシンハ神の
御神像を飲泉場に設置した。これで、前のような噴火が起きないようにと
祈りながら。