2007年 06月 08日
ナマステ・クリシュナ!12~15 |
「ナマステ・クリシュナ!12」
動物を殺せば、その罪が自分に返ってくるとヴェーダ経典は説く。では野菜は殺しても構わないのだろうか?
★野菜や穀物も魂を宿した生命体である。殺せばもちろん罪になるのだが、動物よりも神経組織が発達していない為、苦しみが少ない分、罪は軽いとされている。そして菜食料理を神クリシュナに捧げれば、その罪は浄化されると共に、精神的な悟りを得る助けとなる食べ物に早変わりするというのだ
★この教えを受けて、早速自分の部屋に祭壇を設置し、朝晩2回、クリシュナの絵に捧げものをする生活が始まった。代々天理教を信仰する家庭だったので、神様にお供えをするという行為自体は、家族も了承してくれた。しかし、この事によって菜食を押し付けた形となり、肉や魚の出ない夕食に段々と不満が募り、家族vs私で口論をする事もしばしばだった
★週に2、3回夕食作りを担当していた私は、母親とも相談して、何とか野菜だけでも飽きが来ないように料理を作ろうと、豆腐ハンバーグやおからコロッケ、自家製のぬか漬け、はたまたインド料理まで持ち出し、菜食でも満足して貰えるように、本を片手に腕を振るう日々が続き、ようやく菜食料理が市民権を得られるようになった。(13へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!13」
日夜経典を読み、数珠を使ってマントラを唱え、クリシュナに花や食べ物を捧げるというヨーガを実践していくにつれ、今まで自分が体験した事もない、不思議な法悦感が湧き起こってきた
★ある時、クリシュナに甘い御菓子を捧げようと思い、仕事帰りに饅頭を買ってきた。早速クリシュナに捧げてから、そのお下がりを食べてみると、一口噛む毎に小倉あんの甘さが脳天を直撃しているような味わいが口の中一杯に広がるのだ
★インドの聖者の見解によれば、クリシュナに捧げた食べ物は、クリシュナの唇の甘露が触れるので、精神的な味わいを醸し出す食べ物に変化するとのだという。だが、不思議な体験はこれだけに留まらなかった
★月に一度のクリシュナセンターでのお祭りが、センターの都合により休止になった事があった。祭りの当日、自分の中で何かが変わった。仕事中に、今夜はクリシュナのお祭りがあると思い浮かべるだけで、心がウキウキ、ワクワクするのだ。丁度、思いを寄せる女性と初めてのデートに出掛ける時のような心境になったのである(14へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!14」
インドで最も神聖な動物、牛。クリシュナの化身が説いたヴェーダ経典には、牛を保護し、崇拝する事が重要な宗教規則(ダルマ)の一つであるとされている
★牛を保護する最大のメリットは、人間が食べない穀物のカス等を牛が食べる事によって、バターやチーズ、ヨーグルトに変化する、牛乳を生み出す事にある。牛を殺して肉として食すよりも、莫大なタンパク源を生産できるのは統計学的にも証明されている。しかも、高タンパクでカルシウムが豊富な牛乳は、インドでは長寿の薬として重宝されているのだ
★そして牛が排泄する糞。インドの各農家では、この糞を乾燥させてから、炊事等に使う燃料として活用している。汚いと思うかも知れないが、ヴェーダ経典には、牛の糞には浄化作用があると記されているので、インド人は信じて疑わないのである。だがこの糞を科学者が研究したところ、牛の糞には殺菌効果があると、クリシュナの教えを裏付ける結果がでたのである。
★昨今問題視されている狂牛病。この病気の潜伏期間は、およそ10年と言われている。食べるべきか、やめるべきか、それが問題だ。(15へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!15」
15年間、家族の一員として生活を共にした我が家の愛犬トキが、晩秋も終わりを告げる頃、突然口から泡を吐き、度々痙攣を起こすようになった。異常事態に気づいた母親が、いち早く動物病院に連れて行くと、重度の糖尿病で、後1ヶ月も持たないと宣告された
★それからの約1ヶ月、母親が中心となってトキの看病に当たったのだが、体は日に日に痩せ細り、目には粘液が溜まって白く濁り、ついには眼球が真っ白になって失明してしまった。トキが死ぬ前に、何とかトキの魂に対してクリシュナの慈悲を与えたかった私は、大阪センターの中村さんに相談を持ち掛けた
★クリシュナの慈悲とは、ブラフマー(梵天)が創造した物質宇宙の中で、植物、昆虫、動物、合わせて840万種類存在する物質的な体を、延々と生まれ変わる輪廻転生から解き放つ事を意味する。その解放を達成するには、唯一クリシュナに愛を持って奉仕ができる人間の肉体が必要なのである
★中村さんから頂いたインドの聖水を、トキが肉体から離れる前に飲ませ、どうか来世は人間に生まれ変わって、少しでもクリシュナに奉仕ができるようにと切に願いつつ、死の旅路
へと見送った(16へ続く)
動物を殺せば、その罪が自分に返ってくるとヴェーダ経典は説く。では野菜は殺しても構わないのだろうか?
★野菜や穀物も魂を宿した生命体である。殺せばもちろん罪になるのだが、動物よりも神経組織が発達していない為、苦しみが少ない分、罪は軽いとされている。そして菜食料理を神クリシュナに捧げれば、その罪は浄化されると共に、精神的な悟りを得る助けとなる食べ物に早変わりするというのだ
★この教えを受けて、早速自分の部屋に祭壇を設置し、朝晩2回、クリシュナの絵に捧げものをする生活が始まった。代々天理教を信仰する家庭だったので、神様にお供えをするという行為自体は、家族も了承してくれた。しかし、この事によって菜食を押し付けた形となり、肉や魚の出ない夕食に段々と不満が募り、家族vs私で口論をする事もしばしばだった
★週に2、3回夕食作りを担当していた私は、母親とも相談して、何とか野菜だけでも飽きが来ないように料理を作ろうと、豆腐ハンバーグやおからコロッケ、自家製のぬか漬け、はたまたインド料理まで持ち出し、菜食でも満足して貰えるように、本を片手に腕を振るう日々が続き、ようやく菜食料理が市民権を得られるようになった。(13へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!13」
日夜経典を読み、数珠を使ってマントラを唱え、クリシュナに花や食べ物を捧げるというヨーガを実践していくにつれ、今まで自分が体験した事もない、不思議な法悦感が湧き起こってきた
★ある時、クリシュナに甘い御菓子を捧げようと思い、仕事帰りに饅頭を買ってきた。早速クリシュナに捧げてから、そのお下がりを食べてみると、一口噛む毎に小倉あんの甘さが脳天を直撃しているような味わいが口の中一杯に広がるのだ
★インドの聖者の見解によれば、クリシュナに捧げた食べ物は、クリシュナの唇の甘露が触れるので、精神的な味わいを醸し出す食べ物に変化するとのだという。だが、不思議な体験はこれだけに留まらなかった
★月に一度のクリシュナセンターでのお祭りが、センターの都合により休止になった事があった。祭りの当日、自分の中で何かが変わった。仕事中に、今夜はクリシュナのお祭りがあると思い浮かべるだけで、心がウキウキ、ワクワクするのだ。丁度、思いを寄せる女性と初めてのデートに出掛ける時のような心境になったのである(14へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!14」
インドで最も神聖な動物、牛。クリシュナの化身が説いたヴェーダ経典には、牛を保護し、崇拝する事が重要な宗教規則(ダルマ)の一つであるとされている
★牛を保護する最大のメリットは、人間が食べない穀物のカス等を牛が食べる事によって、バターやチーズ、ヨーグルトに変化する、牛乳を生み出す事にある。牛を殺して肉として食すよりも、莫大なタンパク源を生産できるのは統計学的にも証明されている。しかも、高タンパクでカルシウムが豊富な牛乳は、インドでは長寿の薬として重宝されているのだ
★そして牛が排泄する糞。インドの各農家では、この糞を乾燥させてから、炊事等に使う燃料として活用している。汚いと思うかも知れないが、ヴェーダ経典には、牛の糞には浄化作用があると記されているので、インド人は信じて疑わないのである。だがこの糞を科学者が研究したところ、牛の糞には殺菌効果があると、クリシュナの教えを裏付ける結果がでたのである。
★昨今問題視されている狂牛病。この病気の潜伏期間は、およそ10年と言われている。食べるべきか、やめるべきか、それが問題だ。(15へ続く)
「ナマステ・クリシュナ!15」
15年間、家族の一員として生活を共にした我が家の愛犬トキが、晩秋も終わりを告げる頃、突然口から泡を吐き、度々痙攣を起こすようになった。異常事態に気づいた母親が、いち早く動物病院に連れて行くと、重度の糖尿病で、後1ヶ月も持たないと宣告された
★それからの約1ヶ月、母親が中心となってトキの看病に当たったのだが、体は日に日に痩せ細り、目には粘液が溜まって白く濁り、ついには眼球が真っ白になって失明してしまった。トキが死ぬ前に、何とかトキの魂に対してクリシュナの慈悲を与えたかった私は、大阪センターの中村さんに相談を持ち掛けた
★クリシュナの慈悲とは、ブラフマー(梵天)が創造した物質宇宙の中で、植物、昆虫、動物、合わせて840万種類存在する物質的な体を、延々と生まれ変わる輪廻転生から解き放つ事を意味する。その解放を達成するには、唯一クリシュナに愛を持って奉仕ができる人間の肉体が必要なのである
★中村さんから頂いたインドの聖水を、トキが肉体から離れる前に飲ませ、どうか来世は人間に生まれ変わって、少しでもクリシュナに奉仕ができるようにと切に願いつつ、死の旅路
へと見送った(16へ続く)
by krishnatheater
| 2007-06-08 23:37
| クリシュナ意識体験記